備前焼の歴史


備前焼は瀬戸、常滑、信楽、越前、丹波、備前の日本六古窯(ろっこよう)の一つです。
○備前焼は、古代6世紀中ごろの須恵器を母体としています。
○中世から現代に続く陶器です。
○備前焼が、最も栄えたのは、室町時代末期から桃山期です。豊臣秀吉がことのほか愛し、保護しました。
○江戸時代元和年間(1615〜1624)ころから長期低落傾向を見せ始めました。
しかし、時代の変化に対応して、江戸時代に入って技巧的な伊部手が焼かれるようになり、江戸時代中期から、青備前、白備前、絵備前、彩色備前が焼かれ始めるようになりました。
○昭和30年以降の高度経済成長期を迎え、人々の生活にゆとりができたことで、日本の伝統文化に対するブームが起き、陶磁器に対する需要も急増し、実力備前焼作家を輩出しました。
○平成の現代、岡山県内の多くの市町村で備前焼作家が活動しており、遠くは北海道から沖縄県にまで在住しています。(個人作家420人、窯元30軒)
○現在、岡山県内では有名作家、中堅・若手作家の「地元個展」が数多く開けれ、また、多くの作家は東京でも開いている。
参考文献
増補やきもの事典 平凡社 2000年8月
日本のやきもの 備前 淡交社 2002年10月
全国伝統やきもの窯元事典 東京堂出版 2005年7月

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